「・・・・・・No kidding・・・・・・。」
政宗はあんぐりと口をあけた。
来
早朝一番、磨き上げたフローリングに大きな泥の塊…否、かすがが座っている。
「起きたのか。随分と遅いな。」
「てめぇ……Come here.」
手招きで呼び寄せると、かすがは怪訝そうな顔をしながら近づいてきた。
間近で見ると、なおひどい。
顔といわず手といわず、体中に泥がこびり付き、無論貸した服は見事な紅茶色に染まりきっている。
床には点々と泥水の乾いた跡が残り、今朝のかすがの動きを逐一知らせていた。
「仕方ねぇな。」
政宗は大きくため息を一つつくと、かすがを脇に抱えあげた。
「なっ…何をする!!」
当然大人しく抱えられるはずも無く、もぞもぞと動き回る彼女をぽい、と風呂場に放り込む。
この際だ、丸洗いしてしまおう。という結論に至ったらしい。
政宗は己の袖と裾をたくしあげると、かすがの服を剥ぎ取りにかかった。
「やめろ変態!どけ!み、水のあるところは嫌いだ!」
シャワーと、風呂に溜まった昨晩の残り湯を目にしたかすがは血相を変え、先ほどとは比べ物にならないほどの力で暴れ始めた。
「風呂嫌いなのは知ってるけどな、泥だらけで帰ってきたら問答無用で強制連行なんだよコラ」
対する政宗も負けてはいない。
すでに水色と茶色が混ざって酷い色合いになっているシャツを手でひっつかんだところで、軽快な電子音が響いた。
続いて、ごんごんとドアをノックする音。
いや、すでにノックするなどという次元ではなく、殴りつけているような具合だ。
よほど焦っているのか、それとも相当の短気か、来訪者が誰か分からぬ今、推測する事は出来ない。
政宗は小さく舌打ちしてかすがを離し、自らは玄関の蒼い扉を開ける。
すると、凄まじい勢いで男が転がり込んできた。
「っアンタなぁ…!!」
「よーお、政宗。元気か?」
勢いあまって倒れこんだ銀髪の男に押し倒されるような形で玄関に尻餅をつき、当然ながら政宗は悪態をついた。
しかし都合の悪いことは耳に入らないのか、他人が見たら誤解しそうな格好のままぺらぺらと用件を語りだす。
「てな訳でまあ悪ぃが数日、泊めてくれ。」
どんな訳だ!とツッコもうとした瞬間、ふと背後に気配を感じた。
鼻先をかすめる金色に、振り向かずとも相手が知れて、体中の血液が音を立てて引いていく。
「…まさむね。」
「違う、Hear、かすが!おい!」
明らかな軽蔑の目を向けられた上に拒絶反応を見せられれば、流石の政宗も傷つくというものである。
そんな二人の掛け合いを見て、男はようやっと立ち上がった。
政宗も跳ね起き、やっとかすがの顔を正面から見つめた。
泥にまみれた顔はどことなく赤い。
(―…完っ全に誤解してやがる。)
どのようにほつれた思考をほどいていけばよいのかと思案している間に、横の男が靴を脱ぎ捨てて室内に上がった。
それと同時に、かすがをたくましい腕で抱きすくめる。
「可愛いじゃねぇか!名前はなんてぇんだ?俺は長宗我部元親っつうんだけどよ。…あ?」
次々とまくしたてられる言葉と、ギリギリと締め付けられるような抱擁に、かすがは意識を手放した。
ぐったりとした彼女を見やって元親は首をかしげる。
「政宗。寝ちまったぜ、この犬。」
てめぇのせいだろうが、と一声怒鳴ってから政宗はかすがを引き離しに掛かるが、何分元親に離す気がない。
5分ほど格闘を続けた後、ついに諦めた。
「…なんなんだよアンタ。急に。いやそれよりかすがを離せっつってんだろ」
「気に入った。」
「Pardon?」
「だから、この犬…っつうか女?可愛いな。」
何をいきなり言い出すかと思えば。
政宗はことの性急さについていけず、一旦口をつぐんだ。
「Wait.まさか、欲しいとか言うんじゃねえだろうな?」
元親は豪快に笑いながらかすがを肩に担ぎ上げ、リビングへ向かった。
勝手知ったる人の家。といった風だ。
迷い無くソファまで辿り付くと、まず自分が腰掛け、その膝の上にくたりとしたまま身じろぎもしない彼女を座らせる。
「欲しい、なんつってもくれんのか?…まぁ奪いとるだけのことよ。」
脳の血管含むあらゆる部分の何かがプチプチと音を立てて切れる音がした。
これほど腹を立てたのは、一体いつぶりだろう。
政宗はペンスタンドに立ててあったシャーペン、鉛筆など角のとがったものを6本指の間に挟むと、凄まじい形相で元親を睨んだ。
上から見下すように威圧されると、流石の元親でもぞくりとする。
「…最近のシャーペンの殺傷力はすげえぞ。You see?」
じりじりとにじり寄る彼の手に光る、6つの光。
果てしなく真剣な政宗に半ば呆れ、同時にその恐ろしさに色をなくした元親は、降参の意を表すために両手を挙げた。
「つまんねぇことしてんなよ、元親。で?今日は何の用だ。」
「いや、それがな。家追い出されちまってよお。」
「・・・・・・Hum?Why?」
両親とどのような経緯で言い合いになり、家からつまみ出されるに至ったかを細々と語り続ける元親を見やり、政宗は薄々、その後の展開を読み取った。
一通り話し終えた彼がぱっと満面の笑みを浮かべた瞬間、その推測は確信へと変わる。
「で、だ。しばらくここに泊め「Noだ。」
皆まで言わせず話を遮り、ふと政宗は相手の左脇、丁度こちらから死角にあたる位置に置かれたものを見つけた。
それをひっつかんで見てみると、大きな旅行鞄だった。中には勿論、生活用品が所狭しと詰め込まれている。
一応伺いをたててはいたが、実際了承を得る気はないらしい。
どんなに反対されようが、泊まると言ったら泊まる。
一本気な彼らしい行動ではあったが、同じく一本気な人物にとっては不愉快極まりない。
「うん…?」
元親の膝の上で、もぞ、とかすがが目を覚ました。
瞳に写りこんだ銀髪の男を見て記憶を薄っすら取り戻したらしく、小さく尋ねる。
「…何をしている…。政宗の恋人。」
「Shit!何て勘違いしてやがる!こいつはただの…」
続きを手で遮り、元親は片口を上げて笑んだ。豪快ながら、妖艶さを含んだその不敵な笑みに、思わず政宗も口を慎む。
「そーだ。俺ぁこいつの恋人なんだがよ、家に帰れなくて困ってるっつうのに、泊めてくれねえんだ。この薄情もんがよお。」
膝の上で身を起こし、互いの息が顔に掛かるほどの近さにいるかすがに、さらに顔を近づけた。
元来素直な彼女は、眉をひそめて政宗の方へ向き直った。
その目に宿った清い光に嫌な予感と冷や汗を禁じえず、政宗はそっと後ずさる。
「政宗。元親とやらを泊めてやってくれ…恋人なのだろう。」
「Ah…かすが。」
「おまえはどこまで冷たい男なんだ。」
まさかこんな手口に及ぶとは、とこめかみをおさえつつ、腹を決めた。
「分かったよ。泊めりゃいいんだろ。」
こうしてかすがの勘違いそのままに、長宗我部元親は伊達宅に居着くことになってしまった。