あんまり綺麗な玩具が手に入ったから、自慢したくなった。

あんまり綺麗すぎるから、奪われるのが恐ろしくなった。


















「…離せ。」

涙と共に溢れ出た嗚咽が収まり、とても恥ずかしい状況にあることに女は気がついた。
相当長い間、抱きしめられていた。
不覚にもそれが心地よくて、離れることが惜しくて、黙ったままで。
既に窓から差し込む光は青白く、大気は冷たさを纏う。

「やだっつったら?」

いてぇっ、と頬を押さえる相手を見て、彼女はふんと鼻を鳴らした。
彼の頬には綺麗な3本線が入っている。


「おま…Ah…名前、なんて言うんだ。」

「…華、結、絢音、ポチ、黒…。」

「おいおい。それ全部名前か?長ぇ」

政宗が純粋に聞くと、女は呆れたような顔をした。

「そんな訳ないだろう。私は捨て犬だ。幾度拾われ、主人が変わり、当然その度に名も変わる。まだまだあるぞ…こがねに幸に…。」

「Ok.分かったもうそれ以上言うな。」

黙っていれば30分以上名前を言い続けそうだ。
政宗はほんの少し考えた後、笑みを浮かべて告げた。


「お前の名はかすがだ。You see?」


「かす…が…。」


響きを確かめるように、口の中で言葉を何度も転がす。

「ふん。ペット禁止なのだろう。」

憎まれ口を叩きながらも、頬が薄っすらと紅い。
どうやら気に入ってもらえたらしいと判断して、政宗は安堵した。
それと同時に二人の腹が文句を言った。

「腹…減ったな。」

こく、と小さく頷くかすがを見やって、政宗は考え込む。
飼うと言っても彼女はほとんど人間。食べ物も自分たちと同じでいいはずだ。
だが残念なことに彼は全くと言っていいほど料理を作れなかった。
それでなぜ一人暮らしが勤まるのかというと、それはやはり定期的に面倒を見てくれる人がいる訳で。

「…仕方ねぇか…。」

首を傾げるかすがにとりあえず、と辺りに置いてあった服を投げてやる。
素直に着たことに内心驚きつつ、政宗は携帯電話を手にとった。

「小十郎。悪ぃが頼みがある。」


---*---*---*---


数十分後、政宗の部屋は喧騒と食べ物の芳しい香に包まれていた。
喧騒の七割は招いた覚えのない客によるものだ。
かすがなどは慣れない騒がしさに眉をひそめつつ、一人離れたところから食卓を見下ろしている。

「政宗様、食事のご用意ができました。」

そう告げたのはいかにも厳格そうな男だ。
屈強な肉体、いかめしい顔つき、それらが人の恐れを呼ぶのだろうが、生憎と今は恐ろしさが微塵もない。
というのも、レースのついた真白のエプロンを身に纏い、あまつさえおたまを片手に政宗に呼びかけているからだ。

「おお!片倉殿の料理はいつ見ても美味そうでござる!」

誉めつつそっと皿の端からつまみ食いをしようとした男の手を、しゃもじが素早くはたきおとした。
「旦那、つまみ食いは駄目でしょ。ほらほら、手ぇ洗ってきて!」

告げたのは割烹着姿の青年だった。手の掛かる子供の母親に見えるが、あくまで青年である。
彼は部屋の隅を見やって、小さく口で“あ”の形を作った。

「竜の旦那、あの子も俺達と同じもの食べるわけ?何か特別なものじゃなくて…」

「あぁ?…一緒でいいんじゃねぇか、多分。」

そんな適当でいいのか、と思いつつ、隣の少年を見やった。
「ちょ、旦那!まだ食べちゃ駄目って…あぁもう!あの子連れてまず手を洗う!ほら!」

「佐助はけちでござる。お主もそう思わぬか?」

にっ、と人懐っこい笑みを浮かべて、縮こまるかすがに手を伸ばした。
咄嗟に身をすくめ、顔を背けるさまに苦笑しつつ、少年は彼女を抱き上げた。
それを見て政宗が茶を吹きだしたが、全く意にも介さない。
「某の名は真田幸村。そなたは?」

かすがは突然のことに目を白黒させながらも、何とか答えた。

「……かすが。」

「かすが殿でござるか!では早速、手を洗いに…」

はっとしてかすがは幸村の腕を逃れようともがいた。

「降ろせ!自分で歩ける!」

おお、そうか、と相変わらず何が嬉しいのか、笑みを浮かべたまま幸村はかすがを洗面所へと誘導した。
手を繋いだまま、特に文句も言わずにフローリングをぺたぺたとついて歩く彼女を横目で見やって、政宗は落ち着かない気持ちを感じた。

(…なんか胸糞悪ぃ…。)

「政宗様。」

「っ…小十郎、何だ?」

「野菜サラダにお茶をかけるのは、美味しいとは思えませんが。」

お茶の熱でくたり、としなびた野菜に、思わずこめかみを押さえた。


---*---*---*---


「ほら、ちゃんと食べないと。それともこういうもの、食べない?」

「佐助、かすが殿もきっと野菜は嫌いなのであろう!」

「うちの野菜に文句あんのか…?」

いつの間にやら話の中心に据えられたかすがはめまぐるしい状況の変化について行けず、じっと椅子の上で固まっていた。
ただ先程から妙に不機嫌な政宗の顔をちらりと伺って、目が合いそうになればさっと逸らす。
その繰り返しだった。
「おい、そこの…かすが、だったか。俺が手塩にかけて育てた野菜だ。食ってみな。」

小十郎がずい、と差し出したサラダの器をしぶしぶ受け取り、かすがは本格的に困った。
今まで、こんなものを食べたことがない。
畑で土にまみれているそれは見たことがあったが、こうして綺麗に洗われて盛り付けられたものを口にするのは初めてのことだ。
小さく口をあけて、緑艶めく葉を齧る。

「・・・おいしい・・・。」

僅かに微笑みながら告げる姿を満足げに見やって、今度は幸村が大きな肉の皿をさしだした。
かすがも大分この面々に免疫がついてきだしたのか、すすめられるままに鶏肉を口に運んだ。

「おいしい。」

ほう、と息をつきながらそう嬉しそうに微笑む姿は彼女の年相応で、場の空気を和やかなものにした。
妙な緊張感から解き放たれ、喧騒がより一層強くなる。
楽しい宴、といったところだろうか。
ふと、幸村がかすがに耳打ちし、それに応えて彼女がためらいがちに微笑いかけた。
その表情はとても柔らかで、じっと見つめていた政宗の胸を焼いた。

――拾ったのは、俺だろうが。

ばん、と卓上に拳を打ち付ける音が部屋中に響いた。

「ま…政宗殿…?」

しん、と静まり返った場に、幸村の戸惑いを含んだ呼びかけが。
政宗は黙って全員を見渡すと、橋を投げ捨てるように置いて自室に篭ってしまった。
ドアを閉める盛大な音が耳をつく。

「某…何か悪いことでも言っただろうか?」

「いや、旦那は別に。」

「気にするな。…まだ子供なところが抜けきってねぇだけだ。」

一人、小十郎のみがしたり顔で頷いている。
あらかた空になった皿を見ながら各々考えを巡らせていると、す、とかすがが立ち上がった。

「様子を見てくる。」

心配げな3人の視線を背に、かすがは戸惑いの欠片も見せずに政宗の自室の扉を開け放った。
相変わらず山と布団の積まれたベッドに寝そべっているその姿を確認すると、音を立てないように扉を閉める。
何も言葉をかけてこないところを見ると、眠っているのだろうか。
先程の幸村の言葉を思い出して頬が熱くなるのを感じながら、できるだけそうっと寝台に近づいた。

腕で光を遮るように目を隠し、規則正しく胸を上下させる姿を見つめて、かすがはぽつりと呟いた。

「訳の分からぬ男だ…。」

言葉を零した瞬間、世界がぐるりと反転した。


「っ…何を…」

「てめぇが!…っ」

悪いんだろ、と口の中で呟く。

これでは。


――まるでガキじゃねぇか。


それでも止める事の出来ない衝動はふつふつと腹の底から湧きあがり、政宗は自分の身体の下に押し込めた彼女を見やった。
出会ってたったの数時間。
それでここまで独占欲を剥き出しにするなんて、らしくなかった。

「…離せ。」

不機嫌な声音を無視して、枕元に置いてあったリボンをかすがの首に結ぶ。

「やめろ!おまえは一体何がしたいんだ!私が何をした!」

じたばたと暴れるかすがの力は政宗の身体を揺るがすには足りない。
そうこうしている間に結び終わり、上から氷のような視線が降り注いだ。


「アンタは俺の物だ…それだけ考えて生きてりゃいいんだよ。ほら、飼い犬の証だぜ?」


かすがの胸をすぅっと、氷のように冷たいものが滑った。
言葉が刃となり、五臓六腑を引き裂く感覚に肌が粟立つ。
言いようの無い憤りと、悲しみを唇で紡ぐ事さえ、もう叶わなかった。
辛うじて飲み下した熱いものを全て、相手を殴り飛ばす力にかえる。
見事に吹き飛んで壁にぶつかった政宗を横目で見ながら、かすがは扉を殴り飛ばすようにして開き、そのまま玄関まで突進した。

「か、かすがちゃん!?」

佐助の静止の声も聞かず、彼女はマンションの一室を飛び出していった。